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小笠原登(ハンセン病)医師のプロフィールや大学と実家を紹介

   

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ハンセン病治療に生涯を捧げた医師というのが、小笠原登(おがさわらのぼる)さん

4月23日NHK,EテレのETV特集で小笠原登さんの記録が紹介されることになりました。

当時はハンセン病に世間は間違った知識を持っている人が多かったのですが、小笠原登さんは断固として自分の主張を曲げられることはありませんでした。

今回はそんな小笠原登医師を紹介していきたいと思います。

小笠原登意思のプロフィールや大学と実家

ハンセン病へのきちんとした知識を持っている人が少なかった時代に、ハンセン病患者を治療して、また研究を論文などに発表されてきたのが小笠原登医師です。

そんな小笠原登さんの生年月日は1888年7月10日、明治で言うと21年です。

愛知県の出身で、ご実家はお寺だったので小笠原登さんも医師であるとともに僧侶でもありました。

そのご実家のお寺というのが真宗大谷派の円周寺というお寺です。

実は小笠原登さんは幼少の頃からハンセン病患者とのかかわりがありました。

というのもご実家がお寺ということもあり、ハンセン病の方たちが家にたくさんこられていたのです。

ということなどもあって医師を目指されたのかもしれません。

また大学は現在の京都大学医学部を卒業されています。

大学を卒業されたときは、まだ大正の時代です。

当時としては大学に行く人も少なかったと思いますし、ましてや医学部に進む人などほとんどいなかったでしょう。

大正時代では貴重な人材で、将来を担う人に違いなかったでしょう。

大学を卒業されたあとは、そのまま京都大学でハンセン病患者さんたちの治療にあたっておられました。

もうその頃はすでにハンセン病とわかれば隔離された時代です。

しかし小笠原登さんはハンセン病が伝染するものではないという確信を持っておられました。

そのことで他の学者達と対立することもあったみたいですが、信念を曲げることは決してありませんでした。

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小笠原登医師を知ったことで

正直なところ私にはハンセン病というものがあり、隔離政策がとられていた時代があったというくらいの知識しかありませんでした。

今回NHKのETVで小笠原登先生が特集されるということで、初めてハンセン病について勉強したといってもいいかもしれません。

今みたいに医学が発達していなかった時代に原因が分からない病気もたくさんあったのだと思います。

ハンセン病もそのひとつだったのかもしれませんが、明治時代以降は隔離政策がとられ患者さんの人権が著しく侵害されるようになりました。

しかも「らい予防法」という法律は1996年まで存在していたのです。

1996年といえばほんの20年前です。つい最近まであったのです。

それほど昔から長い間ハンセン病患者さんは悲しい思いをされてきました。

しかし小笠原登さんみたいな方もいたことも事実です。

患者さんの事を一番に思い、どんなことがあっても信念を曲げることはありません。

私自身は小笠原登さんのようなことはきっと出来ないでしょう。

しかし信念を曲げないということは出来るはずです。

自分には何が大切で、何を守っていかなければいけないのかを考えて、それは決して曲げない。

そういうことが大切ではないのかと小笠原登さんから私は学んだような気がします。

小笠原登さんは1970年12月12日にお亡くなりになられていますが、これから小笠原登さんの活動はきっと日本人の心に残っていくことになるでしょう。

今日もありがとうございました。

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